ちょっといっぷく 第69話
第69話 漢詩を読む
「声に出して読みたい」や「常識として知っておきたい」等々、日本語をテーマにした本がブームである。
日本語が日に日に消滅していく危機感があり、日本語を見直すことが情操教育に役立ち、日本人に誇りと自信をもたせると考えたからだろうか。
並行して漢文とくに漢詩が静かに読み返されているという。
天 勾践を空しゅうする莫れ
(てん こうせんをむなしゅうするなかれ)
時 范蠡無きにしも非ず
(とき はんれいなきにしもあらず)
児島高徳が、院庄の行在所に忍び入り、後醍醐天皇に対しひそかに自分の気持ちを伝えるため、桜の幹に記したといわれる詩の一節である。
この際、勤皇志向がどうこうと言うつもりはない。この詩を小学6年、もっと詳しく言えば島原第三小学校6年生の時に、多田収爾先生の指導のもと、繰り返し暗誦させられ、運動会で剣舞として体にたたき込まれた。
この年頃に、こんな難しい漢詩を教える教育水準の高さに驚くとともに、この時覚えた漢詩の素養はその後漢文に興味をもち、人格形成に多大な影響をもたらしたことは間違いない。言葉の意味はよくわからなくても、朗誦することで言葉の深みや魅力が伝わり心がみたされ鮮烈な体験となったのである。
朗誦、暗誦は古今東西、初等教育の基本といわれるが、当時の三小ではそれが実行されていたのだ。どういうわけか、この時に覚えた「児島高徳」の歌やその他の唱歌などは、今でもほとんど歌える。この少年期の勉強がいかに大切かあらためて思い知った。
ある出版社が「日本人の好きな漢詩」を特集、読者による人気投票の結果、作品部門の1位は杜甫の「春望」だったという。
国破れて山河在り
城春にして草木深し
時に感じては花にも涙を濺ぎ
別れを恨んで鳥にも心を驚かす
烽火 三月に連なり
家書 万金に抵る
白頭 掻けば更に短く
渾て簪に勝へざらんと欲す
詩人の1位は李白であった。
この人、盛唐の詩人だが「三百六十日/日々酔いて泥の如し」というから毎日泥酔状態であったのだろうか。酒仙ともいわれる。
その豪放磊落な詩風が日本人にうけるのであろう。
両人対酌すれば 山花開く
一盃一盃 復た一盃
テレビコマーシャルでご記憶の方は多かろう。
今や小学校の授業でも暗誦や朗誦の比重は低くなってきている。しかし朗誦すると、脳がリラックスして気分がすっきりするだけでなく、血液の循環がよくなって冷え性が改善する。代謝がアップして体脂肪が燃えやすくなるといった健康効果が期待できるといわれる。
島原新聞は、すでにお気づきのように、ルビ(ふりがな)がふってある。漢字の勉強はいうまでもなく、健康のためにもぜひ漢詩の朗誦をおすすめしたい。
過日、音楽家で脚本家であるジェームス三木さんが来島の砌、独眼竜政宗が作った漢詩の色紙を頂戴した。
馬上少年過ぐ
(ばじょうしょうねんすぐ)
時平かにして白髪多し
(ときたいらかにしてはくはつおおし)
残躯天の赦す所
(ざんくてんのゆるすところ)
楽しま不して復た如何せん
(たのしまずしていかんせん)
血気盛んであった少年時代は終わり、世の中は平和でいつの間にか年をとってしまった。折角天が与えてくれた余生を楽しまなくて、どうするのだ。(森本流解釈)
この色紙を写真にとり、何年か前の年賀状に使わせてもらった。
(前島原商工会議所会頭)
2003年6月24日