ちょっといっぷく 第33話
第33話 名刺折り曲げ事件
昨年長野県知事選挙で当選した田中康夫新知事の名刺を折り曲げ、公然と叛旗を翻した局長達の造反劇がテレビで放映された。
あの場面を見ていて不思議に思ったのは、いかなる事情があるにせよ、選挙によって選ばれた新しい主人に対して、天下に向かって公然と叛旗を翻すなら即刻辞職すべきではないのかな、と思ったのは私一人ではあるまい。
県民から数千通の抗議があり公開の席で陳謝し、なおかつ職にとどまった態度は、実にみっともないし士道にもとる態度だといえよう。『選択』1月号で佐々淳行氏は、上司と部下の関係について明確に述べている。
公務員、サラリーマンになって任用辞令、採用辞令を受け取った以上、その時点から部下は適法妥当な公の職務命令には服従しそれを実施に移す義務を負う。命令に従うのが嫌なら辞めるべきである、と。
これは故三島由紀夫の「さむらい」という者はその家に留まる限りは忍ばねばならない」という論理につながる。歌謡曲『刃傷松の廊下』の「君 君たらずも臣は臣…」にも相通ずるのである。
ところで、『礼儀覚え書き』(草柳大蔵著)の本で、「一枚の名刺で狂った人生」の話を読んだ。
筋書は、ある著名な医学部教授に医療器具の不正購入の嫌疑がかかり、新聞から徹底的に叩かれた。その医者は風聞にたえきれず大学を去り、地方都市の私立病院の一医師として余生を送った話であるが、この医師の人生を狂わせたのは、一枚の名刺だった。
取材にきた地元の地方記者からもらった名刺を折り曲げて、不要書類と一緒に屑籠に入れ、ゴミとして廊下に出しているのが、先刻の記者の目に止まった。「まるで自分そのものを否定された感じがした。よし、覚えてろと思った」と後年その記者は語ったそうだ。
そして10年位してその記者は、ある全国紙の記者となったとき、かつて10年前に自分の名刺を屑籠に放り込んだ教授の周辺に汚職の風聞が立っているのを知り徹底的に追求することになる。
草柳氏は、第1に人間を「肩書」で見ている。
この記者が一流新聞の肩書がついていたら、屑籠には捨てなかったろう。第2に、人間判断の基準を「自分の仕事や将来にとって役に立つかどうか」に置いている。第3に、他人の名刺を屑籠に入れることに心の痛みを感じない人間である。と解説している。
名刺の受け渡しは、日常的であり、社交儀礼ではあるが、軽く考えてはいけない。
(島原商工会議所会頭)
2001年(平成13年)2月6日