ちょっといっぷく 第81話

第81話 恩怨について

 

私の書架に司馬遼太郎全集32巻とどういうわけか小泉信三全集26巻(いずれも文芸春秋社)が並んでいる。

司馬さんの全集はわかるが、小泉信三氏の方はなぜ購入したのか良くわからない。従って並べてあるだけで、今まで手にとって読んだことはなかった。おそらく第11巻に掲載の『海軍主計大尉小泉信吉』のことが知りたくて全集を購入したという単純な動機であろう。渡辺昇一氏や谷沢永一氏によると、座右の書とは、いつも側に置くという意味ではない。自分で大切に思っているが側にない本と、辞典のように便利で側に置いておく本と二通りあるというが、私の場合は無目的に積ん読だけの書物であった。

それが渡辺・谷沢両氏の対談のなかで、小泉全集に「平生の心がけ」という名作が書いてあることを知った。

小泉信三は、慶應義塾大学の塾長をしたり、現天皇の皇太子殿下時代、教育に参与、週2回の進講をしたり、現天皇のきさきである正田美智子さんをめあわせた影の功労者でもある。福沢諭吉に大変可愛がられた。

終戦後、講和条約を結ぼうというとき、全面講和か単独講和かで論議をよんだことがあった。有識者と呼ばれる人達は、ほとんど全員が全面講和を主張した。全面講和というのは、ソ連を入れて講和を結べというものだが、当時アメリカとソ連が話に乗ってくるまでは日本がアメリカから占領されているということだと、うまく解き明かしたのである。

これは単独講和じゃないんだ、日本は大部分の国と講和条約を結ぶのだ。だから、多数講和が実質的全面講和なんだということをはっきり言ったのだ。多くの知識人が言うように全面講和に固執するならば、日本は現在も占領されたままなのである。

これは小泉信三を知る一端に過ぎない。

「今の日本」の一節に『恩怨』について大変興味あることを述べている。

論話に「怨ヲカクシテソノ人ヲ友トスルハ、左丘明コレヲ恥ズ。丘モマタコレヲ恥ヅ」とある。

これは孔子自身が実際に体験したことであったかどうかは分からない。しかし随分率直な告白である。

多くの道徳家は、怨に報ゆるに恩をもってせよと教える。孔子ははばかることなく、怨をかくすことは悪いことだと言い切るのである。つまり怨のあるものに友達顔はできないと言っているのである。

福沢諭吉も同じようなことをいっている。

明治14年の政変という福沢一代の厄難に出会ったとき、背いて福沢を売った門下生某なるものがいた。この政変は、大隈重信が薩長藩閥政府から放逐され、福沢はその謀師として謀反人扱いされ一時は身辺も気遣われた事件があった。そのときその某が福沢・大隈に関し、あることないことを注進して権力者に取り入るために悪口を言いふらした。

十数年たって、福沢が開催したある宴会に、特に注意をしておいたにもかかわらず、事務局のミスでこの某にも招待状がいった。福沢はこのことについて、このようないやしい男は老生の交わることをいさぎよしとしないところといい、公の席上ならば、衆人の中に一人の某がいても一匹の犬ころがいるだけで邪魔にはならないが、自分の名で招待したとあっては、外から見れば、丁度昔のことを忘れたように見える。「自分の心に忘れていないものを忘れたように見えるのは、いかにも残念だ」といっておるのである。

これは孔子の言と一致する。

怨をはらすことを生きがいにして粉骨砕身努力して成功した人の話もある。

人間80年近く生きておれば、いろいろな体験には事欠かないが、全面的に信頼していた人間が己の野望と金銭欲のために裏切り行為に及んだ時、はらわたの煮え返る思いがする。かかる不倶載天の奸物は、仏教でいう『因果応報の理』でもって天が必ず制裁を加えるであろうと思う反面、恕の精神でゆるすのが君子の道ではないのかと心は揺れる。

しかし、この恩怨を読んで、孔子も福沢諭吉もそうであったかと得心し、このような輩とは未来永劫友人として交わることはないとやっと心の整理ができるのである。

(前島原商工会議所会頭)

2003年9月17日

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